イタリアに留学した時、友人がこんな話をして盛り上がっていました。
バーテンダーに聞いた話なんだけど。あるところにさ、一人の男がいて、そいつがコーヒーを飲みたいっていうんだよ。だから、「じゃあバーに入って、コーヒーを飲んでください」と言ったらさ、バッシャーン!
これを聞いた友人たちは大爆笑。私は何が面白いのかさっぱりわからず、あっけにとられていました。しかしあまりにも友人たちが大爆笑しているので、つい、
いまのは何が面白いの?
と聞いてしまいました。すると、
パッパラパラターノ、ペペペペペッタ、ゴニョゴニョニョーノ
というよくわからんイタリア語で返されました。というのも、私、当時は留学したばかりでイタリア語のリスニングが壊滅的だったんですよね。「いやちょっとよくわからないんだけど」とそれでも食い下がったところ、
そうか、難しいか。じゃあまずイタリア語のC2レベルをとっておいで。そしたらもう一回教えてあげる
と言われたのでした。
C2というのは、ヨーロッパでよく使われる言語能力のレベルの一つで、ネイティブ相当レベルです。当時の私は生まれたての赤ちゃん相当レベルでしたから、当然この抱腹絶倒のお話は私にはわかるまい、ということみたいでした。
考えてみれば至極当然です。赤ちゃんさんにジョークを言ったところで、赤ちゃんさんがきちんとその意味を理解して笑ってくれるかはわかりません。ましてやその意味を説明したところで、それを理解してくれるわけがありません。私だって、そもそもバーテンダーとコーヒーの話において、大事な何かを聞き逃している可能性があります。
そこで私は一念発起したのです。このジョークを理解するために、C2の試験をパスするぞ、と。しかし、それは並大抵な努力では成し遂げられません。なぜならそれはネイティブ相当レベルなのですから。バスのチケットが買えるとか、日常会話ができるとかではいけません。ローマ帝国に精通し、ガリレオの発明の意義を知り、ガリバルディのイタリア統一と明治維新の共通点についてイタリア語で語らなければならないのです。そうです。ぜったいそうです。
私は決意しました。絶対にジョークを理解するぞC2レベルに到達するぞ、と。
まず私がはじめたのは、毎朝6時の乾布摩擦です。冷えた空気の中、裸一貫、道具は布のみで体を温める、これはイタリア語上達のために間違いなく必須でした。
そして感謝の正拳突きです。毎日1万回。当初は一突きに5、6秒費やしましたが、今や音を置き去りにしました。ビュッビュッ!グキッ...! ....!..!! って感じでね。
それからデスマーチです。24時間石ころを蹴りながら走り続けました。ついには、40日でアメリカ大陸2000kmの横断を成し遂げました。私の友人は、私が歩くだけで左右に残像が見えると言っています。
そうした日々の努力が実を結び、私はC2を取得したのでした。
そして満を持して、もういちどあの時のジョークを聞きに行きました。
かの時のジョークをもう一度願ひたてまつる
C2を取得しきや。よろし。それにはもう一度教へむ
バーテンダーに聞きし物語なれど。あるところに、一人の男がありて、そいつがコーヒーを飲みたいきていふよ。には、バーに入りて、コーヒーを飲んでくかたくななる、と言ひせば、バシャリバシャリ!
となり、ここまでは当時の私の理解とさほど遠くありませんでした。そして、もう一度尋ねました。
いまのは何がをかしきぞ?
男がバーに入らざりて、コーヒーに入りきよ
抱腹絶倒!!!C2をとってよかった!!!
何が面白いか、みなさんも知りたいですか。
でも残念。みなさんはC2を持っていないから教えられません。